| この雲林亭が寺院としての形態を最も整えてくるのは、村上天皇 の御代天暦年間のことであり、御願寺として多宝塔が建てられ、 また、勅命によって呉竹も植えられたといいます。 |
平安後期に成立した「大鏡」は、大宅世継と夏山重木が 思い出話をする形で物語が進行していきますが、その 冒頭には 先つ頃、雲林院の菩提講に詣でてはべりしかば、例 人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁二人、嫗と いきあひて、同じ所に居ぬまり。 と書かれており、雲林院の菩提講に この二人が来合 わせたという設定になっていました。 当初は天皇の離宮であった雲林院が、その後 村上天 皇の御願寺となり、さらには菩提講の寺として 多くの 老若男女が参詣する世俗的な空間にもなっていった と いうわけですね。 ちなみに、小山利彦氏によれば、「賢木」の巻で光源氏 が参籠した雲林院の描写からは、聖代とされた天暦の 御代の帝・村上天皇の御願寺であったころの寺格の高 さが うかがわれる とのことです。 光源氏がこの雲林院に参籠していた折に 紫野斎院に いる朝顔の姫君のもとに手紙を差し上げていたことに ついてはこちらに書いておりますので、よろしければ ご 覧下さい。 それでは、お話はこのくらいにして、あとは 写真をお楽 しみ下さいませ。 |