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賀茂(紫野)斎院跡

櫟谷七野(いちいだにななの)神社


このあたりは紫野と呼ばれ、平安京の洛外とはいえ 内裏からも地
理的に近く、平安前期には天皇の遊猟地となっていたところでした。

この紫野の地には 賀茂斎王の御所「斎院」が置かれ、「江家次第」
によれば、卜定によって斎院に選ばれた未婚の皇女または王女は、
宮城内にある初斎院での3年間の潔斎の後、本院 つまり ここ紫
野の斎院に移られて 斎王としての日々を過ごされたといいます。

そして、賀茂両社に仕える斎王が住んでおられた 紫野斎院(むらさ
きのいつきのみや)跡にあたるのが、櫟谷七野神社を含む このあ
たりである と、角田文衞先生は「紫野斎院の所在地」『古代文化』
第24巻第8号(通巻165号)で述べておられ、そのご研究の成果をう
け、2001年には「賀茂(紫野)斎院跡顕彰会」による顕彰碑も この
地に建立されました。

以来、5月15日の葵祭に先立ち、斎王代はこの櫟谷七野神社にも
参拝しておられるということです。(斎王代参拝の際のお写真などは、
穴瀬さんのサイト成逸地域女性会の「地域を歩く」のコーナーから
「櫟谷七野神社」のページに入ってご覧下さい。)

ちなみに、穴瀬さんに教えていただいたところでは、地元の方たちの
間では、この神社、「櫟谷七野神社」よりも「春日神社」の名で親しま
れているのだそうです。

文徳天皇の皇后で染殿后とも呼ばれた藤原明子(あきらけいこ)は
清和天皇の母后にあたられますが、その明子が懐胎を祈願していた
のが、奈良の春日大明神でした。850年に念願叶って清和天皇が
ご誕生になり、同帝の勅願で 860年代に左京の内野檪谷に春日
大神を奉祀したのが この神社の始まりだと言われています。

なるほど、それで地元の方たちからは「春日神社」の名で親しまれて
いるのですね!

実際に行ってみればよくわかることですが、櫟谷七野神社は西陣の
北の 細い路地を入り込んだ 本当に目立たないところにあり、まさ
かこんなところに これほど由緒のある神社があろうとは・・・! と、
京都の街の歴史の重みに 改めて驚かされた次第です。

源氏物語に登場する斎院たちも この地を舞台にしていたわけです
ね!!

それでは、櫟谷七野神社の境内をご案内いたしましょう。

つづく

十二単着装コースへ 物詣姿コース

岩神座ホールの室礼へ  源氏の部屋 

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